最高裁判所第三小法廷 平成2年(オ)435号 判決 1991年11月19日
上告人
坂口安司
右訴訟代理人弁護士
河田英正
被上告人
吉田義廣
同
吉田春代
右両名訴訟代理人弁護士
飛田正雄
主文
原判決中、上告人の敗訴部分を破棄する。
右部分について被上告人らの控訴を棄却する。
控訴費用及び上告費用は被上告人らの負担とする。
理由
上告代理人河田英正の上告理由第二の四について
一原審の適法に確定した事実関係は、次のとおりである。
1 上告人は、昭和六一年一月七日午後七時一二分ころ、普通貨物自動車(以下「上告人車」という。)を運転し、岡山県玉野市宇野二丁目一七番二六号先道路を西方から東方に向かって直進し、本件交差点手前に差し掛かったが、体面信号が青色であること及び本件交差点を一台の自動車が東方から北方へ右折したものの、後続の郵便車が右折のため本件交差点内で停止し、上告人車の通過を待機する態勢にあることを確認し、本件交差点を安全に通過できるものと考えてそのまま進行した。
2 被上告人らの子である亡吉田英二は、右の日時ころ、原動機付自転車を運転して、右道路を東方から西方に向かって進行し、右折するため青色信号に従って本件交差点内に進入し、上告人車の通過を待つために停止中の郵便車の左横を通過し、直進車の有無、状況の確認を怠り右折進行を続けたところ、折からの降雨によりぬれていた路面を横滑りするような状態で上告人車の右側ドア外側下部付近及び後部車輪を支えるバネ付近に接触、転倒し、脳挫傷等の傷害を負い、同日午後一一時五分に死亡した。
二原審は、右の事実関係の下において、郵便車が右折するため直進車の通過を待ち一時停止の態勢にあったとしても、郵便車の物陰になって見通しのできないところから郵便車を追い越して右折する車両があることも十分に予測されるところであるから、上告人には、郵便車ばかりでなくその後続車の動静に注意し、前方の安全を確認して本件交差点内を通行すべき注意義務があるのに、これを怠った過失があると判断して、被上告人らからの上告人に対する本件各損害賠償請求を一部認容した。
三しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
道路交通法三七条は、交差点で右折する車両等は、当該交差点において直進しようとする車両等の進行妨害をしてはならない旨を規定しており、車両の運転者は、他の車両の運転者も右規定の趣旨に従って行動するものと想定して自車を運転するのが通常であるから、右折しようとする車両が交差点内で停止している場合に、当該右折車の後続車の運転者が右停止車両の側方から前方に出て右折進行を続けるという違法かつ危険な運転行為をすることなど車両の運転者にとって通常予想することができないところである。前記事実関係によれば、上告人は、青色信号に従って交差点を直進しようとしたのであり、右折車である郵便車が交差点内に停止して上告人車の通過を待っていたというのであるから、上告人には、他に特別の事情のない限り、郵便車の後続車がその側方を通過して自車の進路前方に進入して来ることまでも予想して、そのような後続車の有無、動静に注意して交差点を進行すべき注意義務はなかったものといわなければならない。そして、前記確定事実によれば、本件においては、何ら右特別の事情の存在することをうかがわせるものはないのであるから、上告人には本件事故について過失はないものというべきである。
そうすると、上告人に過失があるとした原審の判断は、運転者の注意義務についての法令の解釈を誤ったものであり、この違法が原判決に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は理由があり、他の上告理由について判断するまでもなく原判決中上告人の敗訴部分は破棄を免れない。そして、右に説示したところによれば、被上告人らの請求は理由がないことに帰し、これと結論を同じくする第一審判決は正当であるから、右部分に対する被上告人らの控訴は理由がなくこれを棄却すべきものである。
よって、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、九六条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官佐藤庄市郎 裁判官坂上壽夫 裁判官貞家克己 裁判官園部逸夫 裁判官可部恒雄)
上告代理人河田英正の上告理由
第一 <省略>
第二 一ないし三<省略>
四、(一) 信号機のある交叉点において右折車両と対向直進車両との関係は、対向直進車両に優先権が存する(道交法三四条一項、同四二条等)。従って、右折車両は直進車両が認められる限り、直進車両の安全を害さないように交叉点中央付近に徐行して近づき停止して待機しなければならない。右折後続車両も当然先行の車両の後側に順次待機することになる。ドライバーに「右折車は日が暮れても待て」という格言があるとおり、直進車両の安全を害さぬよう辛抱強く待機する必要がある。従って、対向直進車両側からすれば停止して直進車両の通過を右折車両が既に待機している以上、この先頭車両を追い越して右折を強行してくる無謀な車両の存在をも予測しなければならない義務は存しない。常にこのような車両の存在を予測し、これを避けうる態勢で直進しなければならないとすれば、青信号であるにもかかわらず徐行をしなければ交叉点は通過できないことになり、道交法(前記三四条二項・四二条)の解釈を著しく逸脱することになる。
(二) 原判決は、「被控訴人安司は、加害車を運転し本件交差点に差し掛った際、交通信号が、直進方向が青信号であることを確認し、本件交差点内を一台の自動車が右折し、後続の郵便車が右折のため本件交差点内で一時停止し、被控訴人安司運転の自動車が直進し通過するのを待機する態勢にあることをみ」たとの認定事実をもとに「被控訴人安司からは郵便車の物陰になり見通しのできないところから郵便車を追い越して右折する車輌があることも十分に予測されるところであるから、郵便車ばかりではなく後続の右折車の動静に注意し、前方の安全を確認して本件交差点内を進行すべき注意義務があ」り、「被控訴人安司は郵便車が直進車の通過を待ち一時停止していることを確認したけれども、それだけでは十分に前方注視をしたものとはいえず、右注意義務を怠った過失がある」との判断を下している。
しかし、道路交通法三四条二項には、交差点における右折の場合の通行方法につき定められていて、右折車輌は「あらかじめその前からできる限り道路の中央に寄り、交差点の中心の内側を徐行しなければならない」ことになっている。一方、直進車輌は、本件の場合信号により交通整理の行われているところであるから、徐行の義務は存せず(道交法四二条)、まず一般的に本件の場合は、直進車輌優先の原則が存する場合である。
また、原判決の言うように当時交差点内には、亡英二運転の原動機付自転車に先行して右折の態勢をとりながら安司運転車輌の通過を待って停止中の郵便車があり、安司はこの郵便車を確認して、青信号に従って、交差点に進入したものである。
右事情からすれば、被控訴人安司としては、たとえ郵便車後方の見通しのできない所に後続車輌があるとしても、右後続車輌において交差点を右折する場合には、先行する郵便車に追随して安司運転車輌の通過を待って進行するものと信頼して運転するのが通常であり、敢えて前記道交法三四条二項の交差点における右折の場合の通行方法に違反して、直進車の通過待ちのため停止中の郵便車を外側から追い抜き、強引に右折する車輌あることまで予想して、これに対する安全措置を講ずるべき業務上の注意義務はないと言うべきである。
原判決は、安司が交差点に差しかかった際に郵便車に先行した一台の車(以下先行車という)が、右折していたことを重視して、安司に「郵便車ばかりでなく、後続の右折車の動静に注意」すべき義務を課する趣旨かと思われるが、安司が先行車の右折を見たのは、交差点に侵入するかなり手前、先行車と安司車との距離が、33.2メートルも離れていた地点であり(乙第一号証)、その地点で右折車があったとはいえ、それよりさらに交差点に近づいた地点では、自車の通過を待って右折しようと停止中の郵便車を認識している以上、郵便車の後続車輌において郵便車に追随して安司車の通過を待って右折進行するものと信頼して運転すれば足りることに変わりはないと言うべきである。
(三) 本件事案においては前記のような注意義務を認めることは不可能を強いるもので原判決の認定した注意義務は存在しないと言うべきであり、右折車と直進車の運行方法に関して根本的に法令と異なる解釈をし、過失判断に誤りが存する。
五 <省略>